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45章 恐れられるもの





『ガシャン』
鍵のかけられた音が私達の目の前、多分――地下、の場所に響いた。
あの後抵抗の術すら出来なくて、動けばすぐ串刺しにされそうな雰囲気の中。
そんな異様な殺気に気圧されてされるがまま。私たちはおきまり、とも言える投獄。
つまり逃げないことには処刑確定? それは無いにしても、自由じゃないのは確実なことで。
相手がどうしていきなり理由もなく捕まえたのかも、全然わからなかった。
一言も、喋らなかった。ただピリピリしてるなー、って顔に出てたのがわかっただけで。
でもただ砂漠を横断しようとしてただけで捕まえられて投獄ってのは納得いかない。
なんであの子供といい、さっきの人たちといい、レイといい。
非常識なことがまかり通ってても平気っていうか当然に思えるんだろ。
足音も小さく砂漠の民族の人たちは私たちを見向きもせずに去っていった。
あ、意外と捕まえたらその後はおおざっぱなんだなぁ。その証拠に、見張る人も立ててない。
ホントに全然。まあ、こんなに頑丈そうな土壌と、それに突き刺さってるような感じに木で出来た檻。
こんなに太いとさすがに剣でも切れそうにないし。武器は、道中で当然の如く取り上げられたし。
あー。一人だけなら出来る人物知ってるけど、今はこの場にはいないし。
簡単に逃げれるはずもないから、牢屋は牢屋なんだよね。でも、魔法なら可能性あるかも?
「で……これからどうなるわけ?」
鈴実の声はその言葉とは裏腹に、逃走順路考え中という事を表していた。あ、出来るんだ。
まあ逃走出来るならこういう場合、この後取るべき行動といえば。
「やっぱり逃げるしかないでしょ」
にっこりと笑いながら美紀が言い放った。あ、さっきの笑みなんて人が悪い。
言ったら美紀のハリセンが飛んでこそうだから言わないけど。
「んにしてもよー。武器取り上げられたのはなー」
「ま、それが普通よ。監禁する人間に武器持たせる馬鹿なんていないわ」
「っていうかさ、なんで捕まえられるかな?」
もっともなレリの意見にうんうん、と皆頷く。私もそこが謎なんだよね。私はキュラに話を振った。
「キュラはわかる?」
今のとこキュラは健康そう。日光に当たってた時と比べると。
日が当たらない場所に入ってから持ち直せたのかな。もう心配はないみたい。
ちゃんと判断できるのは鈴実と美紀なんだけど。でも、私の見た感じはそう。
「砂漠の民族は警戒心が強いから。何か、あるんじゃないかな」
キュラの説明によると砂漠の民族は危険な何かを回避する為に私達を捕らえた、という話。
早い話が私達が何かしらによって禁忌に触れたから捕まえた。もしかしたら生贄にされるかも。
そういったどっちも可能性の話。だけど、私たち砂漠歩いてただけだよ?
そんなので禁忌に触れることってあるの? キュラはうーとかあーとか言いながら考えこんだ。

「何がいけなかったんだろう」
「あの大きなサソリを倒したせいとかじゃない、よな?」
躊躇いがちに靖がキュラに訊ねる。自分が倒したから引け目を感じてるのかな。
倒す時はノリノリだったけど。けど、靖頭良くないんだからそこで悩まなくても良いのに。
「うん。それはないと思う。彼らだってあれを狩ることがあるんだから」
「そうじゃないんだったら、他にどういう理由?」
うーん。キュラだけじゃなく、私達も考えこむ。
そうじゃないんだったら一体。話じゃ、理由もなく捕まえるわけないらしいし。
「僕のせいかな……」
ぽつりとキュラがそんな声を漏らした。弱い笑い声を連れて。
キュラのせい? それには皆で一斉に頭を傾げた。
「失神状態だったキュラがどうして?」
「キュラ気絶してただけだよ?」
「僕が、魔物と人との間にできた者だからかな。忌み嫌われる存在だから、魔者は」
ごめんねとキュラは寂しげに笑う。えっと、それって。
全然まったく関係ないんじゃないの?
「別にキュラはキュラでしょー。生まれがどうとかなんて事で悩んだとこで、ねぇ?」
「うん。それに魔物が通ろうが人が通ろうが禁忌になるわけないって」
だって魔物がいる事が禁忌になるんなら世界は大変なことになるもん。でも世界は普通だし。
「キュラは馬鹿だなー。論点ずれてるぞ。つーか、外見で見分けつくのか?」
「靖に言われちゃおしまいだね」
「清海、ホントのこと言っちゃ駄目だって。ま、とにかくキュラのせいってことはないわね」
きっぱりと美紀が断言したことにうつむきがちだったキュラの顔が上がる。
「そうそう」
「うん、そこはちゃんと理由が別にあるんだって」
私とレリも美紀の言葉に同意した。美紀がそう言うなら絶対。はずれたこと、あんまりないし。
それに。私とレリにもそう言える根拠がはっきりとわかった。
「どうしてそうまで言えるの?」
「そこは鈴実に説明頼むわ」
えー。美紀、そんな大事なトコ言うのはは他人まかせ? じらすなよー、と靖が美紀に言う。
もう靖もわかってるんだよね、理由。今この場でわかってないの、キュラだけ。
「……すっごく、遠くから嫌な気配がするから」
すごく不機嫌そうに鈴実がそれだけを言い放った。鈴実が言葉少ない時は要注意。
そうなる前には青筋立ててたり、表情が翳ったりしてて。内心は怒りでドロドロしてるから。
前に鈴実がこんな顔をしたのはパクティから解放された時以来だよ、確か。
それくらいに鈴実が嫌に思うっていうことは、もしかして大物? パクティじゃなくて遠くの存在が。
パクティのは、私的感情からだから別。でも今のは鈴実の感覚からしてそういう顔になる状態。
嫌な気配を感じるとその度合いによって鈴実の顔つき変わっちゃうから。
自分の感情を滅多に出さないけど、危険を察知したら顔つきが変わる。
でもそれって、私たちのために出してるんだよね。聞いたことないからわからないけど、多分。
「えーっとね、つまり鈴実が不機嫌だからなのが理由なの」
「はっ……?」
一人だけ話についていけないキュラが目を瞬いた。ずっと絶えず今まで続いてた笑みは此処で止まった。
うん、その反応が普通だよ。でも説明しづらいから、とりあえず今は解説後にさせてね。
ごめん、時間もあんまりないみたいだから。計画たてるのって、実行の何倍もかかるでしょ?


「遠くてもわかるってことはやっぱ大物の?」
私がそう聞いたら鈴実がそれもすごく厄介そうな、と私の言葉に付け加えた。
ここから先は、美紀と鈴実が一定時間中頭をいつもより多くまわしておりまーす。
私たちにはついていけないくらい早口で、話進むからレリと靖も黙って聞くだけ。
「多分そいつを恐れてのことよ。進む速さから考えて、多分今夜には来るわね」
「確証は?」
「無いわ。あたしの勘で予測は一応たてたけど、目安はいるんでしょ?」
「そう。その厄介な相手、数とか大きさは感じれた?」
「おそらく、今夜来るのは一体だけね。大きさは……長細くて何十メートルって単位じゃ、無い」
「長細くて途方も無く大きい。あのサソリよりも?」
「ずっと。砂の中に今は潜んで進んでる。日差しに弱そう。でも」
「夜になったら砂の中から出てきそうね。そうなると潜ってる時よりも速くなる」
「多分ね。それに夜ともなれば他にも跋扈するのがいるでしょうけど」
「上手く足止めとして利用出来ると良いけど」
「せいぜい目くらましになれば良いわね」
「でも、私たちに地の利はない。かえって面倒になる」
「そういうこと。砂漠の上を歩くことさえ、普段より時間かかったでしょ」
「となると、タイミングね」
「どこで厄介なのと砂漠の民族とぶつからせるかよね」
「砂漠のの本命はその厄介な大物って断言する?」
「ええ。一定の周期で来るんでしょ。よくあることだけど」
「じゃ、そっちに総出がかりの間になるべく遠くへ?」
「多分戦うのなら、篭城すると思うわ。あれの方が圧倒的な大きさだから」
「戦わないにしても、みすみす侵入させはしないわよね」
「厄介なのが来る前に、出来る限りの護りは固めるでしょうね」
「来てからじゃ逃げるのは分が悪そうね。出入り口なんて一つしか見なかった」
「いくつか出入り口があるにしても、全部に人員は配分するでしょうね」
「今は砂漠の民族も布陣と準備に追われてるところかしら?」
「あたしなら、そうしてるわ。でも逃げるなら日が落ちてからが良い」
「そうね。なるべく体力の減少は減らしたいもの」
「砂漠の夜は冷え込むそうだけど、太陽の下を行くよりは格段にマシでしょ」
「ということで、逃げるなら騒ぎが起こる直前が良いわね」
ばーーーっと一気に私たちが言ってる事全部覚えきれない間に二人の話し合いは済んだ。
それまではここにいましょ、と美紀が言って数秒後、はーい。と三人同時にそう声が出た。
うーん、やっぱこの二人が揃ってると心強いなあ。異世界にいるのに、未踏の地なのに。
不安要素が感じられないや。まあそれは私たちの性格も性格だからかもしれないけど。

「あ、そうだ。ねぇキュラ。知らないのに魔法が使えるのってなんで?」
「そういえばあの時も、確かその話してたら捕まったんだよね」
聞くなら今しかないかも。キュラ、何でも知ってそうだけど日光に弱いみたいだし。
この牢屋に入れられて唯一良かったのは、キュラが脱水症状に陥らなかったことかな?
あ、でも砂漠でそうなると命の危険があるんだっけ。唯一どころじゃなくてかなり良かった事だ。
「えっ。知らないのに?」
レリの言葉にキュラが首を傾げた。あ、言葉が足らなかったかな?
「聞いた覚えも習った記憶がなくても魔法が使えるってこと」
「ああ、そういうこと……魂の記憶を引っ張り出してるんだろうね」
魂? キュラはあっさりとそう答えを言った。もしかしてよくある事なの?
前世の記憶とかそういうのと似てるの? じゃあ、鈴実の仮説が近かったんだ。
「ほんとによく知ってんなー、お前」
「本くらいしか相手がいなかったからね」
鈴実はさっきからピリピリしてて皆、声をかけにくい。集中しておきたいんだって。
いくら嫌な存在感じるといっても、ちょっと気をゆるめたら逃がしちゃうこともあるらしいから。
ずっと移動してるわけだから。それに動きに法則がある奴ばっかりじゃないみたい。
「それで、具体的にどうやってるのかわかる?」
靖を押し退けて美紀がキュラに訊いた。え、そこまでわかるものかな?
「そこまではわからないよ。でも、そういうこともあるらしいんだ」
皆、その答えに納得しておいた。私たちはそういう場合ってことで。
「じゃあ、言ってもないのに、魔法が……発動することってある?」
そっちよりも私にはこっちのほうが問題になる。
もしまたあんなことになったら。ううん、もうそんな事起こさない為に知りたい。
「それはないよ。よっぽどのことがない限りそれは有り得ない」
私の不安に、すっぱりとキュラは言い捨てた。だけど。基準なんてまちまちで。

「ほんとに? よっぽどって、どれくらい?」
「精霊が力を行使してくれたら言わなくても発動するけど。それは戦意がなければ成り立たないことだから」
それに精霊は必ずしも力を貸してくれるわけじゃない。そうキュラは付け加えた。
だったら、あの現象はなんだったの? ただ恐怖に駆られてただけの私に、戦意なんて。
死にたくないと生きたいは、似てるようで違うって。意志の強さとかが。
だから、それは私に当てはまらなかった。じゃあ、あの時私以外の誰かが魔法を?
けど、誰が? あの時のレイは剣を振るってた。それに、私を助けようとは思ってなかったはずだし。
仇は取れなかったって言って。私が、消し炭の様にしたと思ってた。でもそれは違った。
キュラをさらったのがあの魔法が直撃したはずの人物で。だからえーと。
あの時あの場所にいたのは私とレイと中年親父、その取り巻き。それとあの……赤眼の人。
赤眼の人が自分に向けて落とすなんて考えられなかった。
あの筋肉バカは、あの瞬間にはもう生きては、なかったし。
わからない。やっぱり私しか、考えられない。でもキュラの言葉だと。
頭の中で何度も、同じことばかり思い出しながら。
あの時の光景に、視界がぼやけて――
その時、鈴実が私の顔を覗き込んで口を開いた。

「清海。あんたのまわりをうろついてる奴、なんとかならない?」
へ? 言われたことの意味がわからなくて、出そうだった涙が止まった。
あ。幽霊?
私、また周りに幽霊呼び寄せてたのかな。泣きそうだったの、幽霊が周りにいるから?
私は砂漠を歩いてる途中に鈴実に護符をもらっていた。ミレーネさんと遇った時に無くしてたから。
それを手放して、言われたものを確認しようとした、ら。
「うわっ!?」
何、此処。なんだかおっかないものがいっぱい見える。さっきまで見えなかったのに。
怨霊? 鈴実と私のまわりを風を切るように霊が飛び交う。ぬっと私の目線と合って、心臓の鼓動が変わる。
取り憑かれる、と私は身を硬くした。でも、幽霊はすぐに私の横を通り抜けて何もなかった。
何とも目線が合わなくなってから、自分の鼓動の大きさを感じた。
いつ見ても、心臓バクバクもの。
鈴実、ずっとこんなに怖いもの見てたんだ。それでも、大物にだけ注意を向けて。
「清海、まさかもうとり憑かれてんじゃないよな……?」
おそるおそるゆっくりと、靖が真顔で私の顔を覗く。
「だ、大丈夫だってー、靖」
あれ? でも、言われてみれば。いつまで経っても霊にとり憑かれない。こんなにたくさんいるのに。
いつも幽霊と目を合わせれば私には記憶がぼんやりとしか残らない。そういう時間は取り憑かれてたのに。
ミレーネさんの時は、取り憑かれてたけどそれまでとは感じが違ってた。悪い幽霊じゃないから。
『コォォォォ』
まるで呑みこまれるような、貧弱な声をあげて幽霊が真正面から私のほうへと来た。
目で捕らえた瞬間はもう遅い。でも、憑かれる寸前に反射で私は一番近くの靖を突き飛ばそうとした。

『バシュッ!』

とり憑かれて、ない? でも、だとするとあの音は何なの?
唖然としていたら私にとり憑こうとした霊は音もなく切り裂かれて消えた。ますます謎。
『清海にとり憑くなー!』
知らない高い声と共に私の目の前にいたのは小さな男の子。この子、さっきまでいたっけ?
『ピタ』
男の子のおでこに、封と書かれたお札が当てたれた。
「何やってんの、鈴実。どしたのさっきから」
レリには、多分見えてないんだ。空中にお札かざしてるように見えるんだろうなあ。
「捕縛と封印。清海のまわりをずっとうろついてた奴をね」
もう護符持って良いわよ、と鈴実に言われて私は慌てて護符を掴んだ。
掴んだ瞬間、霊とかそういう類のものは見えなくなった。
やっぱり、私はこれを失くしたらと何処にもいけない。
過去の恐怖、思い出しそう。忘れたいのに。
「あの、時々感じる力のせいで位置を感じとりにくかったのよ」
ああ、せいせいしたと鈴実は大きくため息をついてみせた。
え、あんなちっちゃな子が鈴実を妨害してたの?
害はなさそうに見えたんだけど。



鈴実がすっと立ち上がった。ということは大物が近づいてきてるのかな。
「それじゃ逃げましょうか。靖」
美紀は靖に耳打ちをした。別に見張りなんていないのに。
でもどうやって逃げるんだろ? 檻は木製だから燃やすなり切るなりできるけど。
だけど、走って逃げるにもすぐあの人達に捕まりそうだけどなあ。足速そうだし。
まあ、美紀に任せておけばなんとかなるよね。美紀は策士だもん。
「火の色よその深く鮮やかな尽きることなき力で大地に息吹を!」
紅蓮の炎が木の檻を包み一瞬で消し炭にした。それでも炎は燃え尽きず四方八方、縦横無尽に飛んでくる。
――私たちのほうに。
「水の色よ捕らえられることのないその雄大な力を示せ!」
向かってくる炎と水がぶつかりあって両方が相殺された。
あたりが水蒸気につつまれて、視界が悪くなる。水蒸気、掃わなきゃ。
「風の色よ果てすら追い越すその力で全てなぎ払え!」
私の言葉に風が応え、吹き荒れ水蒸気の霧は晴れた。
檻がなくなって檻から出れたのは良いけどすぐ捕まっちゃうよ!?
「氷の精霊に祝福されし気高き一族よ、時空を裂き出でよ!」
『ヒュウッ』
あれ? なんだか一瞬あたりの空気が冷えたような。気のせいかな。でも、身がよだつ。
「おい、もう見つかったぞ!」
前の方からあの砂漠の最強民族がたくさん。えーっ!?
もう今から間合い詰められたらお終いだよっ!

冷気がいっそう強まったと思った瞬間、音もなく氷の壁ができた。誰も呪文を使ってないのに。
「これ、氷の壁?」
振り返るとガーディアに似ている獣が消えるところだった。この獣があの壁を?
「前が無理なら後ろね。行くわよ!」
呆然としていたのを美紀の声ではっとして私達は先を行く美紀を追う。
「キュラ、大丈夫?」
「うん。皆すごいねぇ」
レリとキュラはもう美紀を追い抜かして先頭を走ってる。2人とも、速っ!
先に息が切れても知らないよー? 靖とか美紀は体力温存、ってところで2人の後ろを走ってる。
狭いから二人並んで走るくらいの幅しかないってこともあるし。
「次、来るわよ」
「言わなくても鈴実ならわかってるでしょ?」
振り向くこともなく美紀は鈴実に言い返す。2人とも結構体力あるからなー。鈴実なんて、運動部じゃないのに。
「魔法を使うまでもないわ」
鈴実がお札を投げた。何のお札かはわからなかったけど。多分敵の足止めに使う奴。
お札は勢いよくレリの頭上を矢の様に飛んでいった。よく走っててあそこまで威力がつくなぁ。
「わっ。ちょっとぉ、さっきの危なかったよ鈴実!」
走りながら振返ってレリが叫んだ。だからこけるってば!
「後でちゃんと謝るから今は目の前向いて走って!」
「え? ……ってもう新手ぇ!?」
目の前にはたくさん砂漠の民族がいた。武器持ってこっちに向かってきてる。
「動きが鈍るようにしといたからそのまま走って!」
そうは言っても多少しか動きに支障は出てない。いくらレリが格闘の接近戦得意だからって無茶だって!
「光の色よ、敵を殲滅させんが為の力をはね返せ」
ぼそっとしたキュラの声。その宣言の終了と共に音もなく閃光が目の前を駆け抜けた。
光? ……あ、なるほど。光速って目で見分けられる速さじゃない。発動後は絶対防御不可の魔法なわけだ。
砂漠の民族は飛び込んできた閃光を避けられずに目を押さえたり足を止めたりしてうろたえ始めた。
目がくらんで、何も見えなくなってる! でもそれもすぐに回復しそうだよね。

「うそっ。塞がれてる!」
砂漠の民族の包囲網をくぐり抜けられたと思ったら行き先が大岩で塞がれていた。
後ろでは視力が回復した砂漠の民族の雄叫びがきこえる。もう、万事休す!?
「こんな大岩、何呼び出したって壊せるのはいないわ!」
「あたしの力でも無理ね。当然レリの拳でも靖の剣でも壊せない」
二人の諦める言葉。そんなぁ! キュラを見ても首を横に振っただけだった。
確かに靖とレリじゃ無理だけど!
「私の魔法でなら! 前に風で城壁壊せれたよ!?」
「こんな場所で削ったらよけ切れないわよっ!」
「そうだったぁぁ!」
「なら言わない」
鈴実、どうしてこんな時までそうも冷静になれるんですか。
私の力じゃ、壊せないこともないけど全部崩れて逃げられなくなるのがオチ。
でもそう思ってる間にも砂漠の民族は近づいてきてるのに! 
何か馬鹿力があって狙ったのだけ壊せる――だけどそれが出来るのってレイと他に誰か……そうだ!
服のポケットに手を突っ込むと指輪に触れた。召喚方法なんて知らないけど、やらなきゃ。
契約の証を握り締めてその名を叫んだ。お願い、現れて!
「ガーディア!」
もう砂漠の民族には十分すぎる射程範囲。
襲いかかる鈍いぎらつきは青白い唸りに掻き消える。
岩石を粉砕する地鳴りとその咆哮はすべてのものを揺るがせた。

大岩を砕きながら現れたのと武器が私達に投げられたのはほぼ同時だった、と思う。
岩は、なんか大きな前足が叩いたら全部、砂になっちゃって。よくわかんなかったけど。人には出来ない技。
皆の動きが止まった。私も皆も砂漠の民族も。今起きてることがもう過去に流れてて。
だけど、私たちのほうが正気に返るのは速かった。現れたのは、私の味方だから。
向かってくる槍は巨狼の咆哮で動きが止まって、まるで氷のように自ら砕け散っていた。
白く大きな肢体、冷たく見据える金の瞳。触れるまでもなく咆哮1つで槍を全て粉砕してしまう。
その圧倒的な力強さ。砂漠の民族が竦んでいる間に、私達はその体に掴まって外へと逃げた。



「よいしょ、っと。ふう……助かったぁ」
『んー。使いの荒い契約手だぜ、お前』
「来てくれてありがとう、ガーディア」
ピンチを打開してくれた逞しいその背の安定してる所に乗っかって、私はようやく一息ついた。
毛並み、結構すごいから掴むだけなら皆出来たけど。振り下ろされて、ないよね?
「みんなー、ちゃんといる?」
とりあえずあの後は追われることもなく逃げれたけど。
今、私達は砂漠に戻っていた。
岩場だらけだったあの砂漠の民族の居場所はもう見えないくらい遠くにある。
砂漠にはもう月がでていて、昼間の暑さが嘘なくらい静かで穏やかだった。
夜風が、ずっと吹きつけるけどガーディアの毛並みにはそれくらいでちょうど良かった。
「お、おぅ……なんとか、な」
そう言いつつ靖はなんとか背中の上から落ちまいともがいていた。大丈夫かな?
「うん。あたしは大丈夫だよー。キュラも」
後ろにはレリとキュラが、2人はちゃんと落ちない位置にいた。レリが自分の片手を振ってる。
もう片方の手はキュラの腕をつかんでるし。両手あげても平気なら、大丈夫だよね。
「こっちもなんとかね。振り落とされないか心配だったけど」
「清海もよくこんなにも大きいのを呼び出したわ。あたしのメンツ潰れたわよ?」
落ち込んでみせる美紀に苦笑したけど、本気で落ち込んではないみたい。
「それは契約したからだよ。私は動物操るなんて出来ないもん」
それに美紀がいなかったら逃げ切れなかったよ、と言い加えた。
あの時氷の壁がなかったらすぐさま挟み撃ちになってただろうし。
追手がいなかったからあのときは背後の心配せずに全力で走れたんだもん。
「まあ、誤算があったけど何とかなったから良しとしましょう」
皆ちゃんとガーディアから振り落とされずにここにいる。ほんっと、良かった。
振り落とされてたら、命の保証はなかっただろうなあ。
「ところでよぉ、清海。あたしゃどこ行きゃ良いんだ?」
「んんー、私にも今自分がどこにいるのかわからないんだよね。どうする?」
「とりあえず位置がわからないことにはね」
「それに俺の剣取り上げられたまんまだし」
あーあっ、と靖が深くため息をついた。でも、引き返せるわけもないし。
「諦めるしかないわよ。剣は新しいのを買うしかないわ」
スパッと言い捨てられて靖が俺の剣ーと落ち込んだ。本当に剣が好きだなあ靖は。
普通それでも自分は無事で良かったってまず思うよ?
「武器なら回収しておいたけど」
「へっ?」
え、一体いつの間にそんなこと。でもキュラは剣を持ってないように見えるけど。
ごそごそと何かやってるな、と思ってるうちに扉が現れた。
あ、これって確か旅の初めに目撃したやつ。キュラがその中に手だけ入れた。
扉から手を抜いたキュラは一振りの剣を持っていた。
「はい。ちゃんと弓もあるし、お金とか食料も中にあるよ。油缶は無いけど」
靖の目の前に剣が差し出された。それを見てぱっと靖の目が輝いた。いや、ほんとに。
世界が変わったっていうくらいに。それくらいのはしゃっぎぷりが見てわかるっていうか。
「俺の剣! キュラお前すげぇ良い」
『ヒュィィィィィッ』
突然鋭い音が辺り一帯に広がった。
かと思えば目の前に黒くて大きい……蛇が砂の中から現れた。




NEXT

清海が絶叫するたびに目の前の存在が黒こげになったのはこの風神のせいです。 うだうだ清海が悩む原因を作ったのはこいつ。